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大徳寺塔頭 総見院 ~織田信長公廟所~


大徳寺の22塔頭のひとつ、総見院
織田信長のお墓があることで有名です。

DSC02699.jpg
通常非公開


春秋などに特別公開あり。
拝観料600円。
DSC02835.jpg
正門および土塀は創建当初のものが現存。
右奥に見えるのが本堂


お茶(あとで秘密がわかるお番茶)をいただきながらガイドさんの説明を聴くことができます。
本堂内は撮影禁止。外はOKです。


天正10年(1582年)6月2日本能寺の変。織田信長が明智光秀に討たれます。
その100日後、秀吉により大徳寺で信長の大葬礼が7日間盛大にとり行われ
天正11年(1583年)、信長の1周忌を迎え、秀吉が菩提として創建したもの。

創建当初は広大な境内に豪壮な堂塔が立ち並んでいたそうですが、
明治初年の廃物毀釈によりその殆どが破脚されてしまっています


当初、秀吉は黄梅院(大徳寺塔頭の1つ)を廟所として選びましたが、
主君の塔所としては小さいとして、
信長の法名『総見院殿』より名を採って、総見院を新たに建立しました。

開祖は古渓宗陳(こけいそうちん)。
千利休参禅の師として知られる名僧です。


大徳寺塔頭では本堂の中央には開祖が祀られていますが、
その左側に、衣冠帯刀の織田信長公の木像(115cm)があります。
本堂内撮影禁止のためパンフレットから。


木像織田信長坐像(重文)
DSC02985.jpg

鼻筋がすっと通り、鋭い眼光の精悍な木像です。
天正11年(1583年)、運慶・湛慶の流れを汲む康清(やすきよ)作。
この方は生前の信長に会ったことがあるそうで、
秀吉が完成品を見て出来に満足したというから、極めて実物に近いものと思われます。
さすが妹お市の方と並び絶世の美男美女の兄妹と言われるのも頷けます

香木で2体造像し、1体は本堂に、
もう1体は遺骸の代わり(信長の遺体がないため)に火葬され
その際は街中に香木の匂いが漂ったといわれます。



鐘・鐘楼(重文)
DSC02685.jpg

DSC02697.jpg
大きいです。
堀秀政の寄進による創建当時のもの。

  堀秀政…信長の小姓、側近。
          雑賀攻め、有岡城攻め、伊賀攻めなどに従軍。
         本能寺の変の後は秀吉に属し、山崎の戦いに出陣。
         小田原城の戦いの際に病死。



土塀
DSC02698.jpg

親子塀と呼ばれる塀の中にもう一つ塀がある二重構造。
人がひとり通れる空間があり、何らかの形で有事の際に使われた模様。



樹齢400年で日本最古の侘助椿(わびすけつばき) (京都指定天然記念物)
DSC02681.jpg

DSC02682.jpg
根元が3本に分かれ(この写真じゃわからないですが)紅白の花を咲かせる。
秀吉が千利休から譲り受けて植えたといわれる、茶人に珍重される椿。
開花時期が非公開期にあたる冬なので、参拝客は見ることができないという…



加藤清正の掘り抜き井戸
DSC02678.jpg

加藤清正が朝鮮出兵の際に持ち帰ったとされる石を使用。
現在もこんこんと水が湧き出て井戸として使われており、
本堂で振る舞われるお茶もここのお水を使ったもの。
養生テープがたまにキズ。

DSC02677.jpg



信長公一族の墓
DSC02680.jpg
中央の一番大きなものが信長のもの。
左から、秀雄、信雄、信長、信忠、秀勝、信孝、信好。
画像では見切れてますが、左に正室:濃姫と側室:お鍋の方
DSC02679.jpg


…お供えはワンカップ?
信長はお酒が飲めなかったのでお茶に傾倒したという話もあるそうですが、
総見院には3つのお茶室がありまして、回廊を渡っていきます。


DSC02690.jpg


回廊途中の頭上にある輿
DSC02676.jpg

昭和36年、廃仏毀釈の際に大徳寺本山に避難させていたご本尊信長公坐像を運ぶときに
使ったもの。


回廊から、遠く東に比叡山が望めます。
DSC02673.jpg



3つのお茶室

龐庵(ほうあん)
DSC02674.jpg


香雲軒(こううんけん)
DSC02691.jpg
DSC02693.jpg
L字のところに襖を立てると、向かって左側が待合として使えるようになっています。


寿庵(じゅあん)
DSC02696.jpg
DSC02672.jpg
DSC02670.jpg
掛け軸は一休和尚の遺偈(ゆいげ)
「須弥南畔 誰会我禅 虚堂来也 不値半銭」
これはここと真珠庵(大徳寺塔頭のひとつ)にしかないそうです。


茶道に関連して、総見院には『茶筅塚』と呼ばれるものがあります。


茶筅塚
DSC02684.jpg
左側で使い古した茶筅を燃やすわけですね。
花立てが茶筅、お線香立てがお茶碗の形をしています。
かわいい…



最後に御朱印。(書置)
DSC03012.jpg
施無畏(仏・菩薩が衆生の恐れの心を取り去って救うこと)


とりあえずここは信長公の像を見るべし!なところです。
何回見てもあの射るような眼は怖いくらいです。







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