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上御霊神社~こころしずめの場所 応仁の乱勃発の地


上御霊神社は京都市上京区にある神社で、
正式名称は『御靈神社』、鎮霊(こころしずめ)のお社です。

DSC01789.jpg

こころしずめ”の響きと、
日本全国を巻き込んだ大戦争・応仁の乱が勃発した場所であること
神社の雰囲気などなどが好きでときどき足を運んでいる神社です。


DSC01711.jpg


DSC01745.jpg


DSC01712.jpg


御靈神社(上御霊神社)


延歴13年(794年)、平安京遷都のときに桓武天皇
弟、崇道天皇(早良親王)の霊を祀ったのが始まり。


桓武天皇は新天地で新しく政治を始めるにあたり、
平城京からの遷都先を長岡京に選びましたが
工事責任者の藤原種継が暗殺されるという事件が起こり、
犯人として幽閉されたのが、桓武天皇の弟早良親王(サワラシンノウ)でした。

早良親王は無実を訴えて絶食し悲運の死を遂げましたが
その後、桓武天皇家の相次ぐ病気・死や疫病の流行、洪水がおこったため
この人の祟りと恐れて崇道天皇(スドウテンノウ)と追称して御霊神社に祀り、
長岡京を10年で捨てて、平安京に遷都した。ということです。


その後、井上大皇后、他戸親王、藤原大夫人、橘大夫、文大夫が合祀され
さらに火雷神、吉備大臣が追加されて、『八所御霊』と言われています。


井上大皇后(イノエノオオキサキ)というのは、聖武天皇の娘で、光仁天皇の妻。
他戸親王(オサベシンノウ)はその息子。桓武天皇・早良親王とは異母兄弟にあたる。
光仁天皇を呪い殺そうとしたと幽閉され、2人同じ日に変死。(暗殺説あり)


藤原大夫人(藤原吉子 フジワラノヨシコ)は、桓武天皇の妻。
謀反の疑いをかけられ、幽閉中に自害。


御霊社神々の系譜


橘大夫(橘逸勢 タチバナノハヤナリ)は、最澄・空海とともに唐に渡った遣唐使。
文大夫(文屋宮田麻呂 フンヤノミヤタマロ)は、平安初期の官人。
ともに無実の罪で流刑となり、そのまま死去。


火雷神(カライシン)は、上記6柱の荒魂(荒ぶる側面)のこと。
菅原道真とする説もあるそうですが、御霊神社では荒魂とされています。


吉備大臣(吉備真備 キビノマキビ)は、道真と並ぶ超有名な学者。
私の頭の中ではどうも『火の鳥』の絵が一番に出てくるんですが
憤死とかはないけれども光仁天皇の立位に尽力した点で繋がります。



桓武天皇の時代、相次ぐ不幸を怨霊のたたりと恐れ、それらを鎮めるために
863年に御霊会(ゴリョウエ)が行われた場所が、神泉苑
※そのときの6柱は井上大皇后・他戸親王ではなく伊予親王・観察使。

DSC01565.jpg


先日行ったばかりの場所が
こうして歴史でつながるとなんだか嬉しい
→神泉苑




とまあ、このような非業の死を遂げた人々の鎮魂の神社なのです。
さて、神様の歴史はこのあたりでおいといて。


いちど入口に戻ります。


上の大きな鳥居の奥にある四脚門は、西門。
この門は伏見城から移築したと伝えられているそうです。

入口はもうひとつあって、南側は楼門
DSC01743.jpg
江戸時代中期に再建されたものだそうです。
派手な看板のさえずり市(毎月18日のフリーマッケット)は、まだ行ったことないなぁ…



さてさて四脚門から入りまして

DSC01713.jpg
ここが応仁の乱の古戦場
信じられないですね。


桜が満開です
DSC01747.jpg




本殿
DSC01717.jpg
昭和45年築だそうですが、
享保18年(1733年)の内裏賢所御殿の遺構を復元したというだけあって
40年前のものと思えないほど歴史を感じる建物です。


本殿の横へ廻っていきます。
DSC01731.jpg

水平に枝を伸ばすときって、どんな気持ちなんだろう。



DSC01735.jpg

本殿の裏の桜はまだまだこれから。
一気に満開もきれいだけど、時期をずらして満開になるのも
長く桜を楽しめていいですよね




絵馬所(右)と楼門
DSC01718.jpg

江戸時代中期の内裏賢所権殿を絵馬所につくり改めたもの。
皆川淇園・小林雪山等著名画師の作品が掲げられている…とはいえ
表のものはだいぶ風雨にさらされていてちょっと残念。



本殿の裏にある倉庫?
お祭りのときに使う神輿や鉾、その他宝物がおさめられているのだと思います。

DSC01736.jpg

このうっそうとした感じがすごく好きです。
お寺の整然としたお庭もきれいなんだけど、どこか「修行」を感じるものがあって
神社のなんかこう自然に任せた感というか、
うまくいえないけど好きなんです


神様もたくさんいらっしゃるので、神社もいろいろ。



福寿稲荷神社
DSC01727.jpg

御祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
御神徳は五穀豊穣、福徳円満、長寿延命、生業繁栄。
稲荷社って全国に3万以上もあるんですね。

DSC01723.jpg
福壽稲荷神社前の乙女椿。




神明神社
DSC01737.jpg
主祭神は天照大神。
写真左奥にある圧倒的存在感のこれ(何?)
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厳島神社
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御祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、
湍津姫命(たぎつひめのみこと)



他に、花御所八幡宮、大舞神社、天満宮社、多度神社、
貴船神社、粟島神社、白髪神社、長宮三十社とたくさんあったようですが
名前がないとよくわからないものも多くて

白髪神社、白髪がなくなりますようにってお願いできるのかな。



そして神社以外のものもの。

清明心の像
DSC01719.jpg

国際児童年(1979年)に生命の尊重と子供達の健やかな成長を祈って
中国宋代の学者司馬温公の故事に拠って建立…って
なにもこんな本殿の横の目立つところに建てなくても、と思うのは私だけでしょうか

司馬温が幼少のとき、
数人の子供と水を満杯に入れた大瓶(カメ)の周辺で遊ぼうとなった。
ひとりがかめによじ登って誤って水の中に落ちてしまい
うろたえる他の子をよそに、温は石を投げてかめを割って友人を救った、というお話。




芭蕉の句碑
DSC01750.jpg

松尾芭蕉が元禄3年(1690年)に参詣したときに詠んだ句。
「半日は 神を友にや 年忘」



富士谷御杖詩碑
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江戸時代の国学者である富士谷御杖が、本殿造営のときに読んだ詩。
「底津磐根に宮はしらふと 志り高天原に氷水たかしるは 
 ただかみつ世の宮つくりに あらず いでかしこきたくみの 
 神のたまはる斎砥は かしてむ 手斧とくせよ てをの とくせよ」




ぐるりとだいたい一周したところで御朱印をもらいに。

過去のものと並べると、その時の神官さんによって全く字が違うのが面白い。
DSC01780.jpg


こころしずめのおまもりは古いものをお返しして、新しく買いました。
お祓いの詞が書かれたしおり(?)とセットで1000円です。


土鈴は毎年干支の紅白揃いで売られています。
兎年に買ったもののみうちにあります。
2011_0110干支土鈴@上御霊神社





何度行っても飽きないのは、歴史があるが故でしょうね。
DSC01742.jpg


しばらくは応仁の乱に関連する史跡をめぐってみようかしら??





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| 神社 | 23:52 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

いいですね~いいですね~!!
私、神社大好きなので、京都もよく神社巡りに出かけます。
バスであれこれ行けるのでいいですよね。
いつもテクテク歩きながら、あーなんかいい雰囲気だなーとか、気持ちいいなぁと感じて嬉しくなるんですよね。
そんな感じなので歴史は二の次に・・・(笑)だから余計今回のお話もへー!!とわくわくしちゃいました。

雑貨やカフェも可愛いところが多いのでとても魅力的!
びっくりするぐらいの方向音痴なんですが、スマホという武器を手に入れたので、あちこち散策する楽しみを覚えました♪

| チィーコ | 2013/03/31 12:11 | URL |

チィーコさんも神社お好きなんですか!
京都はぶらぶらしてるだけでも
おもしろいものにたくさん出会えるのでとても楽しいです^^
私自身、京都に来て7~8年なんですが、
まだまだあちこち巡りたいと思ってます。
同じくスマホを頼りに!(笑)

| パルカポリタン美術館 | 2013/04/03 23:27 | URL |















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