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勝龍寺城跡 ~細川忠興・ガラシャ縁の城~

  DSC03312.jpg

細川ガラシャの絵の中では、堂本印象のこの夫人像がとても好きです。
聡明な日本美人でありながら、どこか西洋と折衷したような
クリスチャンらしい雰囲気がありますよね

勝龍寺城は、そんな明智光秀の娘お玉(ガラシャ)が天正6年(1578年)8月、
細川忠興に嫁いで結婚式を挙げ、新婚時代を過ごしたと言われるところです。


初冬&曇天&夕方という状況で行ったため、写真が全体的にくらいです

DSC03158.jpg


DSC03134.jpg


お城前の石碑にあるように、ガラシャ輿入れ先を観光用に推されてますが
(『明智光秀公三女玉お輿入れの城』と書いてあります)
勝龍寺城自体の歴史はそれよりさらに古く200年以上遡ります。

南北朝時代、暦応2年(1339年)に細川頼春が対南朝の前線基地として築いたといわれ
応仁の乱においては西軍畠山義就が拠点としたり、
永禄11年(1568年) 織田信長三好三人衆と戦ったり(勝龍寺城の戦い)、
天正10年(1582年)山崎の戦いの際に明智光秀が本拠としたりと、
幾度となく戦場となってきました。

なお、元亀2年(1571年)に細川藤孝が城主となり、
ここで古今伝授を受けたそうです。
今では古今和歌集の解釈なんて本屋さんに行けば手に入りますが
この当時はこの伝授は大変な権威を伴うものであったようです。
江戸時代の寛永10年(1633年)に長井直清が入城しますが、1649年に廃城となり
現在は城跡公園として整備されています。



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